プロフィール

はじめまして。
ハラスメント相談実績10年
『最強しなやかメンタル術で心の居場所をつくるカウンセラー』
ナミです。

このようなお悩みを感じている方へ
・パワハラやモラハラ、いじめなどで会社や学校に行くのが辛い
・パワハラやモラハラ、つい高圧的な言動をしてしまい、社員や家族から信頼されない
・家に帰っても家族に気を遣って心から安らげない
・転職や引っ越しなどで環境を変えたいが勇気が出ない
・両親や世間の目が気になり自由に振舞えない
・一生懸命がんばっているのに報われずいつも疲れている
・勉強して資格も持っているが生かせない
・何か新しいことにチャレンジしたいが自信が持てない
・いつも体中が凝っていて体調が悪い、息苦しい
不眠や円形脱毛症など体への明らかな症状がある
・漠然とした不安があって楽しめない
・何のために生きているのかわからなくなる
・毎日がしんどく生きるのが辛い 

これは、本来の自分、ありのままの自分からの重要なメッセージです。

人は生まれ持った気質だけでなく、時代や場所といった環境や教育や信念、考え方など様々な要因によって、自分自身を形作っています。社会や家族の一員として期待に応えようとがんばっていると、知らず知らずのうちに本当の自分を見失ってしまうことがあります。

私も小さいころからそんな状況に陥っていましたが、それに気づかずに大人になり、ずいぶん長い間息苦しい人生を過ごしてきました。生まれ持ったHSP的な気質や、育った時代や家庭の環境で、アダルトチルドレン、愛着障害、共依存的な問題を抱えていたことに正しく気づけなかったため、いつも自分の足りないところを責めて我慢したり、過剰にがんばるなどの無理を重ねてきました。

その結果、パワハラまで受け、ついに全身の毛が抜けてしまうという事態に見舞われ、心身に大きな代償を払いました。そして、その後はさらにそれを理解し克服するために多くの時間と労力を費やすことになりましたが、『最強しなやかメンタル術』には、私がこれまで学んだこと、経験してきたことの全てが網羅されています。

その後、私は、企業の相談窓口で10年間ハラスメント相談の対応をすることになりましたが、その効果は確かなものであると実感しています。相談者のみならず、問題を起こしたとされる被相談者の方までが、お話を聞く中で自ら問題に気づき、ご自身でその後の会社生活を変えていく様子を目の当たりにしてきました。

『最強しなやかメンタル術』はご自分が自分自身と向き合うことで、いつでもどんな時でも心の居場所をつくれるようになることを目的としています。現在抱えている問題を改善するだけでなく、この先のどのような変化においても周囲に振り回されず自分を信じて歩むことが可能になる一生役に立つメッソドです。

さあ、もう、悩みの多い重苦しい人生からは抜け出して、あなただけの心からの笑顔を取り戻し、楽しく豊かな人生を踏み出しましょう。ありのままの自分で幸せになりましょう。

『お姉ちゃんなんだからしっかりしなくちゃ』

私は2人姉妹の長女です。いわゆる転勤族の家庭で、生まれた時から日本各地を転々とし、2、3年で引っ越しを繰り返す生活でした。小学校は3回も変わりいじめも不登校も経験しました

父は仕事で忙しくてほとんど家にはおらず、母は常に慣れない土地で、出産も子育ても一人で奮闘することになり、とても苦労していました。今思うと、夫婦喧嘩もかなり派手で多かったです。小さい頃からその様子を見てきて、母を助けなくてはと思ってきたし、妹ができてからは『お姉ちゃんなんだからしっかりしなくちゃ』と言われ、みんなから頼りにされるのが嬉しくて、得意になって面倒をみていました。そして、それは私の中ではごくごく当たり前のこととになっていきました

元来、自由気ままでズボラな私ですが、この『しっかりしなくちゃ』という信条のおかげで多少横道に外れつつも、何とか真面目に社会人生活を送ってきました。人から信頼されて役に立つ人でなければいけない、いつもいい人の顔をして、多少の無理も若さで押し切りどんな時も真っ向勝負で歩んできました。そして、そのように生きていれば必ず報われて幸せになれると本気で信じていました

そう、あの時までは

会社でパワハラを受ける

10年ほど前のことです。社内でも怒鳴り散らす人と評判の人が、私の上司になりました。

ある日の会議で、担当業務について、会社の方針に従いこれまで地道に改善してきたことが無駄になってしまうような指示を出されました。会議の場ですから、私はそれをするとどういう問題があるのかを説明して、他の方法を検討したいと意見を言ったところ、その上司は、血相を変えて「それはあなたの能力がないからだ」と言い、しまいには「俺は上司だ、上司のいうことが聞けないのか」と怒鳴り出しましたこの時部長が欠席だったため、「後ほど部長にも確認して検討します」と答えたところ、「あいつなんて何もわかってないんだよ」とさらに激怒されました。

この会議には、私の他に部内の管理職が出席していましたが、誰一人として止める人はいませんでした。会議終了後に一人だけ声をかけてきた人がいましたが、「大丈夫だった?あの人はああいう人だから何を言っても仕方ないよ」というものでした。昔からいる人は慣れたもので、言っても無駄だから黙って聞き流せばいいという考えでした。

「自分さえしっかりしていれば大丈夫」と我慢

時代はすでに、セクハラ、マタハラの法整備が整い社内相談窓口の義務化、それに伴い内部通報制度の導入や強化が進められてパワハラも社会的な問題になっていた頃の話です。会社に窓口はあったものの、周知もされず機能しているのかわからない状況でした。何よりも、目の前で明らかなパワハラが起こっているのに管理職が誰一人として止めずに黙って見ているのですから、そんな環境でどうして助けなど求めることができるでしょうか。

怒鳴られたことの衝撃に加えて私の心は悔しさと怒りで震えていましたが、「こんなことを気にしても仕方がない」「自分さえしっかりしていれば大丈夫」と言い聞かせて、翌日から何事もなかったかのように振舞いました。

すると、この後さらに、毎年担当していた業務から外されるということをされました。さすがにこれには怒鳴られた以上のショックを受けました。トイレの中であふれる涙を必死にぬぐいましたが、止めようとしても止めることができませんでした。

両親に心配をかけたくない

こんな姿を同居している両親には見せたくはありません。涙を拭いて、何事もなかったかのように帰宅し、翌日も出社し、上司に普通に挨拶もしました。

「こんなことを気にしていたら生きていけない」「やるべきことをやっていれば誰かは見ていてくれる」「強くならなくてはいけない」と繰り返し言い聞かせ、心に蓋をしました。でも、本当は机に座っているのも辛くて辛くて仕方がありませんでした。

疲れが取れない、今までにないミスをする

実は一年ほど前から、眠れない、食べられないということがありました。かと思えば休みの日は寝ても寝ても疲れが取れない、体重も5キロくらい痩せてしまいました。原因不明の咳が止まらずいつも咳き込んでいました。体が常に緊張していて、顔や耳が火照ったり、息苦しくなったり、字を書くときに手が震えたということもありました。自動車をぶつけたり、脱輪したり、仕事でもちょっとしたミスをしたり、今までになかったことが重なっていました。

会社を休めない

その頃、私は自分の業務のほかに役員秘書、改善チームのリーダーや労働組合の委員などの仕事を掛け持ちしていました。誰かを頼ることなどできなかったし休むことなど考えもしませんでした。

顔が腫れる

数日後、朝起きたら、なぜか顔がパンパンに膨れあがっていました。何かに被れたのかひどい顔です。でも、私はどこかでホッとしていました。 『これで会社を休める』            病院に行きましたが、原因はわかりません。腫れが引くまで2、3日かかりましたが、治った時には良かったというよりも、また出社しなくてはいけないと憂鬱な気持ちでした。

ついに髪の毛が抜ける

出社してほどなくのこと、座席で何気なく髪をかき上げたら、手にかなりの量の髪の毛がひっかかりました。おかしいと思って髪を引っ張ってみると今度はごっそりと束になって抜けました。びっくりしてすぐに近所の病院に行きました。医師からは、「この様子だと全部抜けますね」と言われ、すぐに都内の大学病院に行きましたが、そこでもやはり同様のことを言われました。ステロイド投与で進行を抑えられるかもしれないが、入院が必要で副作用の心配もあるとのことでした。

病院は助けてくれない

自分の中では原因はストレスだとはっきりしていました。だから、会社から離れない限りは治らないと確信していました。

ステロイド治療を断って、原因の話をしましたが、医師からは原因はわからないと言われて、早々に「これでいいですか。はい、帽子被って。」と言われてしまいました。この「帽子被って」という言葉が私の胸に突き刺さりました。専門外来の医師にとって、これは日常で何気なく言ったのだと思いますが、ひどい言葉だと思いました。被らないと人前に出られない状態です。わざわざ言わなくてもいいのに・・・。ここに来ていたらますます悪くなると確信しました。

意を決して心療内科へ

皮膚科だからそれ以外は専門外ということのようでした。髪が全部抜けるのは時間の問題で、それは仕方がないとしても、治らないのだけは絶対に避けたいと思いました。精神科や心療内科には抵抗がありましたが、このままでは治るものも治らなくなると思い、意を決して行くことにしました。

一応、都内で評判のよさそうな医師を探して訪ねたところ、受付でまずうつ病のチェック表を渡されました。心も体もズタズタな時ですから当然ほとんどの項目にチェックが入りました。続く診察では、あれも話そうこれも話そうと思っていたのに、次の予約があるとのことであまり話も聞いてもらえないまま終了となり、うつ病の疑いがあるので薬を飲んで様子を見るとの話になりました。

ここなら私の状況を理解してくれるはずだと思っていたのに、チェック表だけで適当な診断をされて、怒りを通り越してあきれてしまいました。同時に、もう誰にもわかってもらえないのだと絶望的な気持ちになりました。

帰り道、ふと立ち止まって気が付いたら夕方でした。初めて、生きていても仕方ないかな・・・そんな気持ちがよぎりました。

会社に行きたくなかったんだと気づく

その後、幸いにも、紹介いただいた精神科に行くことになり、そこでは社会福祉士の方と院長先生が時間をかけてじっくりと話を聞いて下さいました。

この時に、医師から「会社には戻すつもりはないよ」と言われて、涙がとめどなくあふれ出ました。そうだ、私はこれほどまでして会社に行きたくなかったんだと、ようやく自覚しました。

まずはストレス源から離れて休養することが大切と言われ、ここで初めて安心できる状況ができました。

全身の毛が抜ける

1か月もたたずして、私の髪の毛はすべて抜け落ちました。覚悟はしていたものの、毎日大量の抜け毛にまみれて落ち武者のようになっていく自分の姿を見るのは辛いことでした

そしてとうとう髪の毛だけでなく全身の毛という毛が抜けて眉毛もほとんどなくなり、残すはまつ毛のみとなってしまいました

部屋に閉じこもってただただ寝ていたいと思いましたが、両親の手前、家ではある程度の元気を装っていました。独身で仕事最優先でこれまできたのにそれもダメでこんな醜い姿になってしまうなんて、自分よりも両親が不憫でした。

それもまた辛くて、どうしてこんなことになってしまったのかと一人悩む毎日でした

『ありのままでいいんです』と言われて怒りを感じる

私は、当時スポーツクラブでヨガに通っていました。運動のためで、仕事の後に行って汗をかくとすっきりしたので、飽きっぽい私でも続いていました。体調が悪くなった頃はヨガをしても疲れていてなぜだろうと思っていましたが、ここにきて精神面を知らなかったからだと思い至りました。

精神的にも限界でした。ヨガの仲間ならこの頭でもきっと優しく受け入れてくれると思い、考えた末にヨガティーチャーの講座を受けることにしました。

そして、勇気を出して出席した初日に先生から聞いたのが、『ありのままでいいんです』という言葉でした。でも、私はこの言葉を聞いた時に、怒りの気持ちが湧いてきました。これまで一生懸命生きてこんなみじめな姿になってしまったのに、それを変えたくてここに来たのに、ありのままでいいだなんて、いったい何を言っているのか。

先生は、好きなことで成功して何もかも手に入れているからそんなことが言えるんだと、心の中は不満でいっぱい、とうてい受け入れられるものではありませんでした。

髪の毛が生える

一緒に学ぶ仲間たちは私の頭について、誰一人聞く人はいませんでした。話せば聞いてくれたと思いますが、全く何事もないように接してくれたのでとうとう最後まできちんとお話することはありませんでした。講座で学んだことも大変有意義でしたが、いろいろな状況を抱えながらも自分らしく生きようと努力する仲間との交流はかけがえのないものでした。

信頼できる仲間の中で心から安心できたことはとても貴重な経験でした。

そのおかげもあって、頭もまだらでしたが坊主頭くらいになり、ようやく回復に確信が持てるようになりました。そして、この頃には、先生が繰り返す『ありのままでいいんです』という言葉が、頭で理解はできないものの、なぜだか当たり前で心地よく感じられてきました。

『あなた何のために法律を勉強したの』

髪の毛が伸びて帽子を外せるようになってきた頃、会社から封書が届きました。休職期間が終了して復職しないとそのまま退職になるという連絡です。その時に、やっとパワハラをした上司がどうなったかを意識しました。すると、私が休職した後、何の対応も取られていないということがわかりました。

そんなところに戻れるはずがありませんが、自己都合退職というのはあまりにもおかしい話です。でも、すっかり自信を失っていた私にはそんな話をする気力はありませんでした。

もう、どうでもいいや。

それを見かねたのは母でした。「あなた、何のために法律を勉強したの?こんな時に何も言えないんじゃ意味がないじゃない。」そう、実は、私はこの会社に入る前に、弁護士を目指していたのです。予備校に通って4年間ほど勉強をしていました。教員免許は持っていましたが、法律は全くの専門外で、新卒で入社した会社を辞めて一念発起してのチャレンジでした。

結局、試験には失敗して再就職しましたが、これまで法律の知識を生かす機会はありませんでした。本当に何のために法律を勉強したのか、これには返す言葉もありませんでした。

困っている人を助けたい、憲法が目指す誰もが自由で自分らしく幸せに生きられる世の中に貢献したい。そう思って勉強したのに、自分がこんなにも困って不自由で不幸せだなんて、なんという皮肉でしょう。

コンプライアンス担当としてハラスメントに向き合う覚悟

当時の私にとって、会社に戻るという決断は恐怖そのものでした。医師からも大変驚かれ心配もされました。それでも戻ってみようと思ったのは、当時の役員から直々に謝罪を受け、今後このようなことが起こらないように「CSR・コンプライアンスを推進してほしい」と言われたからでした。

CSRとは「企業の社会的責任」のことです。企業は経済活動をする中でルールを守り、環境に配慮し、社会の期待に応えることで持続的な発展に貢献する責任があるということを言っています。世の中の多様な価値観を調整するコンプライアンスは最も重要な土台です。

今日、コンプライアンスは「社会のルールを守り、社会の期待に応えること」と定義され、法律を守ることは当然としてマナーや道徳といったことまでを広く含んでいます。変化の激しい社会においては法律が追い付かないこともあり、それにも対応していくという強い決意が表れています。、サステナビリティ、SDGsが叫ばれる今日において企業の存続には不可欠だと言えます。

セクハラやパワハラが蔓延する社内にはコンプライアンスなんてありません。法律を学んだ私ですら口をつぐむ環境だったのですから、社内ではどうすることもできなかったはずです。折しも、会社法が強化されて、会社もコンプライアンスに取り組まざるを得なくなりました。それで私に白羽の矢があったたようです。こんな目に合わせた会社に戻って働くなんてと当初は大変な葛藤がありました。

ただ、私は、どんなに一生懸命働いていても、ある日突然全く理不尽なことで自分の人生を台無しにしてしまうかもしれないという、ハラスメントの恐ろしさを身をもって経験したことで、こんな思いは他の誰にもしてほしくないと心から思いました。

体験したからこそ、その重要性が身に染みてわかったのです。

怒鳴られた『トラウマ』は消えない

結局、パワハラをした上司に対して相応の処分をして頂くことを条件に復職をしました。当初は会社に行くだけでも大変なことでした。また、メンタルで休職した人がコンプライアンスだなんてと心無い言葉を平気で言う人もいたりして非常に傷つきました。

ただ、全社員を対象にしたアンケートを実施して、社内の多くの人がハラスメントで苦しんでいること、コンプライアンスの推進を望んでいることを確認してからは、使命感に燃えて無我夢中で仕事に没頭しました。すぐにコンプライアンス教育を全社展開し、内部通報制度を立て直しました。その効果もあって翌年にはアンケート結果は大きく改善し、2年後には業界他社と遜色のないレベルにまでなりました。

社内環境が改善され理解者が増えたことが喜びであり大きな心の支えでしたが、私自身の心身は元には戻りませんでした。パワハラをした上司の姿をみると動機がしたので、会わないようにいつも注意をしていましたし、無理をすればまた髪の毛が抜けてしまうという恐怖が常にあり、会社では気が抜けませんでした。

今でも、時々会議などで誰かが一方的にまくしたてたり、責められたりするような場面を見ると非常に不安な気持ちになります。

呼吸法や瞑想をしてリラックスする

そういう状況でしたから、私はいつも呼吸が浅く体のあちこちが緊張していました。

それで、講座で習った呼吸法や瞑想をしたり、筋弛緩法やアファメーションなどを取り入れたヨガニードラというリラックス系のヨガを積極的に受けたり学ぶようになりました。

始めた当初はあまり効果を感じられなかったものの、次第に、それをした後は体の緊張が解けて心が落ち着くということに少しずつ気づく回数が増えてきました。

無駄な力がどこにも入らず穏やかにただただそこにいる状態をキープすることは最初はわかりづらくて難しいですが、ほんの少しでもそういう状態に気づくことができれば、その時だけは何ものにもとらわれない自分という状態というものが少し理解できる気がしました。

心理学、傾聴を学ぶ

仕事で内部通報を受けていると、ハラスメントをはじめ、それらはほとんどが人間関係の問題であることに気づきました。会社ですから、問題解決のために必要な対応はしますが、その問題が解決してもまた同じ人や職場から相談を受けるということがありました。結局、問題を起こす人や環境が変わらなければ同じような問題が再び起こってしまうのです

何かいいヒントはないかと考えて産業カウンセラーの勉強を始め、傾聴や心理学について学びました。まずはしっかりと話を聞くということで、相談者自身が問題を整理されて解決するケースが増えました。また、加害者とされた方も自ら反省されて、その後の職場での評価が大きく好転するということも多々見られました。

問題の背景までしっかりとお聞きすることで、その時の問題を解決するだけでなく、根本的な原因を解明し恒久的な改善につなげることもできるようになりました。

私自身もこのような経験を通して学ぶことが多く、少しずつ自信を取り戻すことができました。

新たな場所での挑戦、転職を決意する

パワハラを受けて全身の毛が抜けるという体験をしてから10年になろうとしていました。会社は、当時からは想像もできないほどコンプライアンス環境が向上し安心して働ける環境になっていました。ある意味、やりきったという気持ちがしました。

そして、この経験を他にも必要としているところで役立てたいと思うようになりました。年齢的にも地域的にも転職はかなり難しいことでしたが、自分の想いを理解して必要として頂ける会社が必ずあるという強い思いで転職活動を続けました。そして、とうとうある会社からオファーを頂くというチャンスに恵まれました

親の介護に直面し動揺する

内定を頂いていざ返事をするという時になって、父の認知症が発覚しました。高齢で通院はもとより、定期的に入退院は繰り返していましたが小康状態を保っていましたので非常にショックでした。

よりによってこのタイミングで発覚するとは、かなり心が揺れました。介護となれば、これまでの環境でも大変なのに、転職先の一からやり直しの環境の中で、仕事と両立できるかどうか自信が持てませんでした。

年老いていくばかりの両親を放り出すことはできません。これからのことを考えると、自分の挑戦は無謀なものだと思えてきました。

『これまでの私』

この時、これまでの私は、世間や両親の顔色を窺って生きてきたのだと気づきました。今、介護を理由に転職を諦めたら、もう次はないだろうと思いました。

また、本当はあの時、会社に戻りたくなかったのに戻った理由には、同居する両親を心配させたくなかったということありました。それを克服して今回やっとチャレンジしようと決心したのに、またここで諦めては、この先きっと後悔すると思いました。

悩みに悩んで思い切って転職するという決断をしました。

この時、両親は賛成はしてくれたものの、父には「長年勤めた会社を辞めるなんてもったいない」母からは「これまでのキャリアを無駄にした」と言われて、すごく胸が苦しくなりました。親はいつまでも親なので心配で言っているのでしょうが、子供としては勇気を振り絞って自分の道を歩もうとしているのに、一番応援してほしい親から否定的なことを言われて、しかも同居の親ですから、再び大きなプレッシャーを感じました。

この年齢になってこんな無謀なことをして自分は一体何をしているのかなとも思いました。不安もありました。でも、不思議と後悔はありませんでした。同居していると親との適切な距離というものが取りにくく、どうしても子供は子供の時のまま親の顔色を窺って怒られないように、または喜ばせたいと思って先回りしていろいろな行動をしてしまいます。

長女の私は特にその傾向が強くて、それはとても強力なものであり、自分の行動を狭める大きな要素であったと改めて認識しました。

生きづらさは『毒親』のせい?

『毒親』という言葉を聞いて、私の生きづらさはそのせいなのではないかと思った時期があり、カウンセリングにも行ったことがあります。確かにある一面をそう呼んでいてわかりやすい面はありますが、やはりどこか過激な表現だなと感じてしまい、私にはどうしても抵抗がありました。

でも結局、その中身を見ていくと、自分には『アダルトチルドレン』『HSP』『愛着障害』『共依存』など様々な要素があって、自分自身を丁寧に見ていくことが大切なんだとあらためて気づきました。

私は幼いころから『お姉ちゃんなんだからしっかりしなくちゃ』と育てられて、その環境から心も体も抜け出すことができませんでした。それが当たり前だと思っていたから、大人になってからも、しっかりしていない自分や環境が許せず、いつも失敗しないように緊張して、周囲の目を気にする窮屈な生き方をしてきました

それは一見平和的でしたが、大きな代償を伴いました。自分の心の声を無視していればいずれ何らかのひずみが出てきます。それが、心身の不調なのか、人間関係の不和なのか、環境の悪化なのか、何かしらのサインがあるはずです。

違和感を感じたら早めに気づくことが大切です。私はそれがわかるまでに本当に長い年月がかかってしまいました。

カウンセラーとして『ありのまま』で幸せな人生を応援します

自分自身のパワハラにあって全身の毛が抜けるという経験は非常に辛いものでしたが、これがなければ、ここまで自分の人生を考えることはなかったと思います。

私の場合は、たまたま生活の主体が会社だったからパワハラでしたが、理不尽な出来事で傷ついた心を放置すること、自分の心の声を無視することがこんなにも危険なことだなんて思いもよりませんでした。

なぜそのようなことが起こるのかを考えた時に、その原因はそこで起こっていることのみならず、潜在意識と言われる心の深いところにもあるということ、結局、自分がそれに気づかない限りまた同じことが繰り返されるということを体験しました。

まずは目の前の問題を解決することが重要ですが、その過程のなかで自分自身と向き合うということが非常に大切であり、それは今後の人生を大きく変える一歩になります。

どんな時も、周囲に振り回されずに自分自身で心の居場所を作れるようになれば、この先どのような変化があっても、自分を信じて歩むことができます。

『ありのままでいいんです』という言葉が私を救ってくれたのは、こういうことだったのではないかと今は理解しています。

もし、一生懸命に努力しているのになぜかうまくいかないと悩んでいらっしゃる方がいましたら、私がこれまで学んだこと、経験してきたことの全てを網羅した『最強しなやかメンタル術』がきっと大きな力になると思います。

今度は私が寄り添い、みなさまの『ありのままの自分』で幸せになれる人生を応援します。